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釧路市の丹頂鶴

釧路教会

金光教

金光教ってなに
空に雲

金光大神と天地金乃神ってどんな神

 江郷繁樹の独断と偏見で 1
 ホームページの、昨年10月から12月にかけて、なかなかスムーズにホームページに掲載されなかったようで、繰り返しになりますが、もう一度書き直して見ますので、よろしくお願い致します。
 1858(安政5)年12月24日、文治が、一日の仕事も終わり、夕食も食べ、寝る前に、金神様と思っていた神様に今日一日の仕事のこと、食事の事などをお礼していた。すると、文治自身のことを振り返るように、私を養子に向かえ入れて下さった、養父親子が病死したこと、なぜか自分自身の妻が産んでくれた子3人も亡くしたこと、飼い牛までもが2年続きで同じ月日に亡くなったこと、その度々に、医師にかけ治療いたし、神々願い、祈念祈念のおろかもなかったが、神仏願いてもかなわなかった。いたしかたなかったと思えども、残念至極と始終思い、暮らしていたことを思い返していた。
 すると、神様の声が聞こえてきて、内々のことを考えてみい。17年間に七墓築かせた。その度々に神は知らせていたが…。これまで、いろいろ話をしてきたのは、私・天地金乃神なのだ。これからも、話しをするので、私の言うことを聞いてくれるか、と問われる。
 文治、はい、お知らせ頂きとうございますと返事をすると、
 文治、お前の病気も熱病のところ、熱病なら助からん。お前は、実意丁寧神信心ゆえに、のどけに神が祭り変えてやったのだ。
 知ってすれば、主から取るところだったが、知らずにすれば、七墓築かれるとは此の方のことぞ。とお知らせがあった。
 文治は、恐れ入りて、ご信心仕え奉りますと申し上げた。
 神様は、言外に、人間の知恵で小細工をするなと言っているようです。
 1859(安政6)年、秋まき小麦が実り刈り取り、畑を田に変え、農家の仕事は忙しい。
 そして苗植えが始まった。予定の時間より苗植えが早く終わったので、文治は今植えた、苗をぼんやり見ていた。んッ、なんと今植えた苗が、田んぼの水を吸い上げ、葉の先から水の玉を田に返しているではないか。
 文治は思わず「神様だな~」とつぶやいていた。
 そんな、田植えも終わって、6月を迎えていたある日、いつものように神様に向かい、神様に向かっていると、神様から、文治、お前は41歳の1854(安政元)年12月25日に妻が男の子を安産したろう。その子をどうした。いま、この子は病難ぞ。と神に言われ、ハッとした。
 3男の宇之丞が、病気づき全快祈念を日々願い上げしていたが、次第に弱っていた。
 文治が、41歳の時で、42の2つ子は親を喰うと言われ、養母が、わしが育てると申し、母に任せて育て上げたが、私、1855(安政2)年、正月2日、地元神社の神田筑前殿に願い、自分の厄晴れと、3男を卯の年生まれにまつりかえを致し、守り札を納め、宇之丞と名を付けました、と神に申し上げた。
 神は、それが知らずにすると言うことだ。元の年へ戻すか、どうかと詰問される。文治は、恐れ入りました。守り札を流し、元の年へ戻しますから、どうぞお助け下さいと申してお願いした。神は、そんなら、元の寅の年、男6歳、名も改め、虎𠮷(とらよし)と申し。と言われ、続けて明日朝、朝飯食べて下淵の田へ出よと申された。
 その日を境に、虎𠮷もだんだん元気になり、回復した。
 この1854(安政6)年も米の収穫も終わり、麦まきの時が来た。
 文治はそのことを、9月10日に神様に、この20日頃より、来月22日頃迄致しまするとお願いした。神は、良かろうと返事をしていた。

信心内容
信心目標

文治こと生神金光大神

改めて、天地金乃神様へのご無礼を知らず、難渋いたしました、とお詫びしてから、この度天地金乃神様お知らせくだされ、有難うございました。
 天地金乃神様へご信心させて頂きます。と申し上げて終りました。
 上記の文章は、前回の最後の文章ですが、1858(安政5)年12月24日のことでした。そして1859(安政6)年春。文治は変わらず勤労の人でした。
 文治は、秋まき小麦を収穫し、畑を田に変え、稲の苗を植えました。苗植えが予定より早く終えたので、土手に腰を下ろし、今植えた苗を見ていました。すると、今植えた苗の葉先から、ポツンと水の玉を田に返しているではありませんか。文治は思わず「神様だなぁー」とつぶや
きました。
 天地金乃神様とは、生きとし生けるのすべてを生かそう生かそうと働き続けている、そういう神様だったのだと、気付かれました。本当に心躍る気持だったでしょう。
 文治こと(金光大神)は、この年1859(安政6)10月21日に、天地金乃神様から頼まれ、神前奉仕に生き方を変えますが、この話は、順を追って語りたいと思いますが、神前奉仕をして、参来る皆に苗植えの体験を語ったのではないかと思われますが、誰も語り伝えていません。
 金光大神の最晩年、1882(M15)秋頃より参拝された、市村光五郎という方が、「金光様のお言葉に、『百姓は地のことはよく知っておるぞ』ともお下げある。『露(ツユ)が草木にきりきり舞い込んでおるぞ』とお話あり。また、『晩方には稲に水の玉が上がって来るぞ。そこで、見たり聞いたりするが肝要なり』と伝えています。
 私は、文治が始めて天地金乃神という神様の働き、つまり、生命(イノチ)と
その生命そのものを生かそう生かそうとしている神様の働きを知った時でないかと考えています。

教会の願い
エゾヤマザクラ

教会の願い

金光大神(教祖)様の信心を求めよう

水の表情

江郷繁樹のあれこれ

金光教学院では、高橋正雄先生から、教祖伝を学んだ。
 まだ、金光教教典が無かったので、ご伝記「金光大神」という本で、学ぶことになったが、最初の授業風景です。
 皆さん「金光大神」のご本持ってますね。皆で、はい。
 それでは、どこでも良いから、開いて下さいと言われた。
 君、何頁を開いたか、と指された。私で無くて、ホッと胸をなぜ下ろす。
 指された人は何頁か、とページを聞かれ、○○ページですと答えると、じゃ、そこを読んで下さいと言われた。その方が、一頁ほど読むと、ハイもう良いです。質問のある方は、と聞かれる。誰も何も言わない。・・・。
 時間が過ぎ、おわりのベルが鳴る。じゃあ今日はこれまで、と終わる。
 この続きは、一月号に書いていました。次回は次ニ進みます。

Paulさんにお詫び

私がお願いした人から、意味不明です。と返事が来た。
また、お願いする人がいるようですので、もう少し待って下さい。

金光教釧路教会では、宗教、宗派を問わず、どなたでも参拝できます。

また、葬儀や結婚式、交通安全祈願など各種祭儀も行ってます。

​お気軽にお問い合わせください。

入信・脱退に関わる規則や拘束(特別な献金や修行の義務)はありません。

今後の予定
背景 和紙
​今後の予定

​2月

2月10日  13:00

2月21日  13:00

      10:00

生神金光大神月例祭

天地金乃神月例祭

ご祈念 ただし、日曜・祝日

・教会の祭典日は、祈念はお休みです。

3月

3月10日  13:00

​3月21日  13:00

生神金光大神月例祭

天地金乃神月例祭

 ・ただし 日曜・祭日・教会の祭典日は、ご祈念お休みです

アクセス

金光教釧路教会

〒085-0833 北海道釧路市宮本1丁目5-22

TEL.0154-41-1351

  • JR釧路駅
    徒歩25~30分、タクシーで5~6分

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釧路市の幣舞橋
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